特攻は無駄死にか?
特攻を無駄死にと呼ぶことは隊員を貶めるものではなく、彼らを無駄に死なせた国家とその指導者の責任を死者の美化によって覆い隠さないためである、という話。
山口 浩
2026.08.18
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毎年この時期になると出てくる話だが、特攻隊員の死を「無駄死に」と呼ぶと、しばしば強い反発を招く。「敵艦を沈め、米軍を恐れさせたのだから無駄ではない」「国を守るために命を捧げた人を侮辱してはならない」などといった主張を少なからず目にする。
たしかに、「無駄死に」という言葉にはやや冷たい響きがある。『デジタル大辞泉』はこれを「役に立たない死に方。無益の死。犬死に」と説明している [1]。この定義からすれば、敵に一定の損害を与えた特攻は、まったく何の役にも立たなかったとはいえないようにもみえる。
しかし、問うべきなのは、特攻が敵に損害を与えたかどうかだけではない。旧日本軍が正規の作戦として遂行した特攻が、そのために失った数千人の生命に見合う目的を達成したのか。そして、そもそも国家がそのような目的のために、兵士へ確実な死を命じてよかったのか、ということだ。
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- 特攻には「戦果」があった
- 目的は「勝利」ではない
- 死を「資源」にする作戦
- 「無駄死に」は誰を責める言葉なのか
- 参考文献
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