欧州熱波「ざまぁ」論について
ツイッター上で「今まで涼しい気候で環境を押し付けていた欧州がエアコンもない縛りプレイで熱波で苦しんでいてざまあw」みたいな考え方はおかしい、といった感じの主張を見かけた。それに対して、環境保護を訴える文脈で西欧の人々が日本の「置かれた環境を理解せずに上から目線で「エアコンを使うお前らは意識が低い」みたいな言い方をする態度が気に入らなかったのではないか」と書いたら、反論をいただいた(もう削除されてしまったようだ)。
熱波は今に始まった話ではなく、数十年にわたる課題で(2003年の熱波も数万の死者が)、だからこそ欧州は気候変動対策を熱心にやってたわけですよね。
そういう環境を理解せず「態度(誰の?)が気に入らない」と上から目線で言うのはどうなんでしょう。
総じてネットにおける「議論」の多くは主張そのものの対立というより「あいつらが気に入らない」が直接の動機になっていて、それを何らかの論拠で糊塗しているという類のものである。
これもその手のもので、温暖化対策自体を否定しているというより、相手の立場を理解せず自分たちが無条件に正しい前提で主張を押し付け批判するような行動に反発してのものという方が近いだろう。まさに他人の「そういう環境を理解せず」だった人たちが「そういう環境」に陥って慌てふためいているさまに対する「ざまぁ」というわけだ、その意味で、気候変動対策自体を否定している人は、いるにはちがいないのだろうが、それほど多くはないのではないかと思う。もちろん個人的にも気候変動対策は必要だと考えるし、「ざまぁ」という言い方はどうかと思うが、なぜそういう主張が出てくるかは理解できる。
そういう趣旨で反応したわけだが、気候変動対策自体への冷笑的な意見と受け取られたようなので、少しだけまじめに書いてみる。
1 西欧諸国は気候変動対策の枠組みを主導してきた
まずいえることは、確かに「熱波は今に始まった話ではなく、数十年にわたる課題で(中略)、だからこそ欧州は気候変動対策を熱心にやって」きたということだ。大気中のCO2濃度の上昇によって温室効果が働き、大規模な気候変動が起きる可能性は19世紀末から知られていたが、具体的な課題として国際的な場で議論されたのは1979年の第1回世界気候会議でのことだった。その後1988年に「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)が設置され、科学的根拠に基づく政策議論の土台が形成された。1992年には国連気候変動枠組条約(UNFCCC)が採択され、1997年には京都議定書が採択、先進国に対して初めて法的拘束力のある温室効果ガス排出削減目標が課された。
こうした国際的な枠組み作りを主導したのは確かに西欧諸国及びその集合体であるEC(現在のEU)であった。当時から一貫して気候変動対策に消極的であったアメリカへの対抗という要素はあるにせよ、欧州のソフトパワーが世界を動かしたことは否定しようもない。単に枠組みを作るだけでなく、それぞれの国内においても取り組みを進めてきている。
2 しかしそれは彼らに有利なものだった
しかしこのような国際的枠組み構築への積極的な姿勢は、同時に、彼ら自身の事情がそうした枠組みに反映されることをも意味する。京都議定書における排出量削減目標の1990年基準もその例の1つであって、①西欧諸国はburden sharing agreementによってEU全体での削減目標となったため域内での削減の過不足を調整することができたこと、②ドイツ(当時は西ドイツ)が1990年にエネルギー効率の悪い古い設備が多く残る東ドイツと統合したため削減余力が大きかったこと、さらに③英国では1990年代以降に電力の自由化や北海ガスの本格的利用開始で排出量が大きく減少したことなどがあり、削減目標は日本に比べ少なくとも相対的には達成しやすいものとなっていた。
一方日本では、1970年代の二度にわたる石油危機以降、省エネがいわば国是となり、高効率火力発電、省エネ機器の発達と普及、製造業のエネルギー効率改善などを進めていたため、1990年時点で既にエネルギー効率が世界最高水準となっており(図1)、その後さらに6%削減するのは「乾いた雑巾を絞る」と形容されるほど困難な課題であった。京都議定書の交渉時、日本は「オイルショック後の努力が評価されるよう、基準年をより古い年にするか、過去の省エネ実績を考慮すべきだ」と主張したが受け入れられなかった。
図1:日本と西欧諸国のGDPあたりエネルギー消費量の推移比較(1971年=100)

※OWIDのデータより作成
それでも日本は削減努力を続けており、2024年時点では、1990年時点と比べ国民1人あたりの温室効果ガス排出量を約2割削減している(図2)。排出量でみれば、その水準はドイツ、オランダ、フィンランドとほぼ同等である(図3)。
図2:国民1人あたりの温室効果ガス排出量増減率の推移(1990年=100)

※EDGAR - Emissions Database for Global Atmospheric Research. Global Greenhouse Gas Emissions - EDGAR_2025_GHG
図3:国民1人あたりの温室効果ガス排出量の推移

※EDGAR - Emissions Database for Global Atmospheric Research. Global Greenhouse Gas Emissions - EDGAR_2025_GHGより
基準年の選択の重要性は、たとえば基準年を2013年にしてみるとわかる。2013年を100として二酸化炭素(エネルギー起源由来)排出量の推移をみると、日本は西欧各国より大きく排出量を減らしている(図4)。資源エネルギー庁がなぜ2013年を基準年としたグラフを載せているのかはあれこれ考えるまでもないだろう。
図4 G20各国の二酸化炭素(エネルギー源由来)排出量の推移

※資源エネルギー庁(2020)「CO2の排出量、どうやって測る?~“先進国vs新興国”」https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/co2_sokutei.html
原発事故のために全原発を停止した結果火力発電への依存度を高めざるを得ず温室効果ガス排出量が急増していた2013年を起点とすれば、日本の削減率は西欧諸国と比べても高い方に属する。原発事故以前と比べても排出量は減少しており、前述の通り、現在の排出量はドイツなどとほぼ差はない。
こうした経緯があるにもかかわらず、日本は気候行動ネットワーク(CAN)の「化石賞」が始まった1999年当初から数十回以上対象とされてきている。1999年の初受賞の理由は
・ 「森林吸収源」の最大限の利用主張
・クリーン開発メカニズム(CDM) に原子力発電の利用を主張
・排出量取引で、売り手に責任を押し付けようとしていること
・CDM で ODA 利用を主張し、追加性を無視しようとしていること
・京都メカニズムに上限をつけることに反対
だそうだが、これらは上記のような不利な条件を少しでも緩和するために主張されたものであろうことを考慮すれば、まさに日本の「そういう環境を理解せず」になされたものとはいえないか。
※気候ネットワーク「温室効果ガスの確実な削減をもたらす議定書のルールへ合意を!!」COP6通信 https://www.kikonet.org/theme/archive/kokusai/COP6/KikoCOP6No1.pdf
現在批判対象になっている、日本の石炭火力への依存もそれなりの事情がある。
もともと日本はエネルギー源の大半を海外に依存しており、その安定的な入手は死活問題であった(石油欲しさに世界最大の大国に無謀な戦争を仕掛けたほどである)。中東やロシアに頼らざるを得ない石油やLNGと異なり、石炭は主にオーストラリアやインドネシアなど政情が安定した国から調達できる。これに加えて価格が安い点も大きな魅力であり、日本はエネルギーミックスの重要な一部として石炭火力を利用してきた。
2011年の東日本大震災による福島第一原発事故以降は、日本中の原発が運転停止したこともあり、石炭はいっそう「批判されても手放せない」選択肢となった。ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギーリスクの上昇、AI向けのデータセンターなど新たな電力需要の増大を受け、今も重要なエネルギー源であり続けている。再生可能エネルギーももちろん取り組んでおり、エネルギーミックスの重要な一部となってはいるが、平野部が少なく山林が多い地理的な制約や自然災害が多く発生するという事情などからそう簡単に増やすことは難しい。
ただ、何の対策もとられていないわけではない。日本の石炭火力発電は、世界で一般的な石炭火力と比較して「発電効率が高いため、1kWhあたりの温室効果ガス(CO2)排出量が数%〜十数%少ない」という特徴がある。またこうした新技術による高効率の石炭火力発電の技術は、未だに低効率の設備に頼っている途上国などへの供与によって、世界全体での排出量削減に貢献できる可能性がある。
すなわち、日本は気候変動対策において必ずしもトップランナーとはいえないかもしれないが、それでも置かれた環境の下で多大な努力をしており、それなりの成果も挙げているという点で、少なくとも毎年「化石賞」の対象となるような扱いがふさわしいとは思われない。「化石賞」ということであれば、今やGDP世界第2位の大国に成長し、国民1人あたりの温室効果ガス排出量でも日本を上回る中国がほとんど「化石賞」に選ばれたことがないことについて、中国が京都議定書上の途上国であったという制度上の事情はあるものの、現在の排出規模を考えると違和感を覚える人も少なくないだろう。
3 西欧の現在の猛暑はその構造の一端を改めて意識する機会となった
ひるがえって西欧諸国はどうか。
彼らが国として気候変動への取り組みをここ数十年にわたって続けてきたのは事実である。エネルギーミックスにおける再生可能エネルギーの割合は日本よりはるかに高い。しかし、そうであるにもかかわらず国民1人あたりの温室効果ガス排出量自体はそう変わらないのは、低効率な暖房設備が特に既存住宅などで未だに多いことが一因として挙げられる。これは、日本において消費電力を劇的に削減できるインバータ搭載エアコンが1980年に初めて実用化され、家庭用エアコンの普及率が1980年代末には約8割に達していた事情とは大きく異なる。
ここで、冒頭の猛暑の話につながる。前世紀において、西欧諸国の夏は日本のような高湿度高温になることは少なく、したがってエアコンなどは今もあまり普及していない。暖房は広く普及していたが多くは古くエネルギー効率の悪いものであった。国レベルの気候変動対策が進められていた一方で、既存住宅における暖房設備の高効率化は、費用負担、住宅ストックの古さ、賃貸住宅における投資インセンティブの弱さ、ガス暖房への依存などもあり、少なくとも1990年代から2000年代にかけてはあまり進まなかった。住宅部門での設備更新が本格的な政策課題として前面に出てくるのは、エネルギー価格高騰や脱炭素政策が強まった2010年代以降、とりわけ2020年代に入ってからである。
一方、西欧では2003年以降、被害規模の大きい熱波が相次ぎ、社会問題として広く認識されるようになった。特に2003年の記録的な猛暑が転換点であり、2010年代以降常態化している。西欧で環境保護団体や気候変動運動がそれまでとは比較にならないほど急激に活発化・過激化したのは、夏の猛暑や異常気象の常態化が誰もが体感できるレベルになった2010年代後半からである。
環境保護団体の過激なパフォーマンスが目立ち始めたのは、2018年の「IPCC 1.5℃特別報告書」が「あと12年(当時)しか残されていない」という具体的な数字を掲げて以降のことである。グレタ・トゥンベリ氏が学校ストライキを始めたのは2018年、ヨーロッパ全土が記録的な猛暑と干ばつに襲われた年であり、過激な活動で知られるイギリスの環境保護団体「Just Stop Oil」の発足は 2022年のことである。
欧州が主導した枠組みは、結果として欧州側のエネルギー事情や産業構造が反映された制度となり、日本から見ると不利な条件を含んでいた。しかも、自分たちの都合が悪くなればあっさりとルールを変える。
たとえばロシアによるウクライナ侵攻以降、西欧諸国における「原発回帰」の動きは急速に加速している。ベルギーは2025年までの完全閉鎖方針を撤回し、主要な原子炉の運転期間を2035年まで10年間延長した。元々原発大国であるフランスは最大14基の大型原子炉の新設や、既存炉の運転延長を盛り込んだ大規模な増設計画を推進している。イタリアではチェルノブイリ原発事故後の国民投票で原子力発電を禁止していたが、エネルギー価格高騰を機に原子力禁止令を廃止する法案の準備を進めている。スウェーデンは長年の原発段階的廃止の決定を覆し、既存炉の長期運転や新設を可能にする方針へ転換した。スイスも新設禁止解除へ向けた議会・政府の動きがみられる。気候変動対策に熱心なドイツも、EUの原発推進方針を妨害しない立場に転じている。
さらに、AI向けのデータセンターなどのため電力需要が急増する中、原子力を現実的なクリーンエネルギーとして再評価する動きが進んでいる。2026年3月の原子力サミットにおいて、EUのフォン・デア・ライエン欧州委員長が「“This reduction in the share of nuclear was a choice, I believe that it was a strategic mistake for Europe to turn its back on a reliable, affordable source of low-emissions power.(原子力発電の割合を減らすことは選択だったが、信頼性が高く、手頃な価格で低排出の電力源を放棄したことは、ヨーロッパにとって戦略的な誤りだったと私は考えている)」と公式に表明した。
※“EU’s Von der Leyen Says Turning Away from Nuclear Energy was a “Strategic Mistake”” ESGtoday March 11, 2026. https://www.esgtoday.com/eus-von-der-leyen-says-turning-away-from-nuclear-energy-was-a-strategic-mistake/
こうした中で、西欧諸国における天然ガス火力発電は、脱炭素に向けた「長期的な廃止対象」から、再エネの出力変動を補いAI向けのデータセンター需要を支える「現実的な移行期(ブリッジ)電源」へと位置づけが変化しつつある。ドイツでは大規模な「ガス火力新設計画」を推進、イギリスやイタリアが高効率CCGT(コンバインドサイクル)の増強を図り、イタリアはかつて重油を使用していた古い発電所を天然ガス(CCGT)へ転換する動きが進む。ドイツ、オランダ、フランスなどは洋上のFSRU(浮体式LNG貯蔵再ガス化設備)を相次いで導入しLNG受け入れ能力を爆発的に拡大させようとしている。
こうした中で毎年続く夏の猛暑は、環境団体の反対にもかかわらず、政策の変化を後押しすることになるのではないか。日本で電力需要が最大になるのは7~8月の昼間、14~15時ごろであり、日本の電力会社はこれに対応できる発電能力を持つ必要がある。これまで西欧諸国では冬の夜、16~19時ごろがピークであったが、今後(いろいろ制約があるだろうが)エアコンの設置が進めば、日本と同様ピークが夏の昼間になる国も出てこよう、ピーク時の電力需要もさらに上がるのではないか。石炭火力に回帰することは考えにくいが、AI向けのデータセンターなどの電力需要増もあり、化石燃料への依存度がこれまでより高まっていく可能性がある。
4 「ざまぁ」ではなく、互いを理解しよう
繰り返すが、西欧諸国で続く猛暑とそれによる諸問題に対する「ざまぁ」論は、猛暑がこれまで彼らが夏暑くなる国々への理解を欠いていたことを指摘するものと考えた方がよいだろう。西欧の環境団体などからの日本への批判は、欧州と日本の以下のような「前提条件の圧倒的な差」を見落としている、あるいは過小評価しているのではないか、ということだ。
西欧諸国でエアコンが普及していないために近年の夏の猛暑に人々が苦しんでいるという事実は、日本のように夏暑く冬寒いため1年のうち多くの季節でエアコンを稼働しなければならない国と比べて、夏のエアコンが不要な分エネルギー消費が少なくて済んでいたことを示唆するものだろう。
日本の気候変動問題への取り組みが不十分で化石賞に値すると繰り返し断じてきたのもそうした差を無視あるいは軽視してきたからではないか、それは日本の政府、企業、個人が1970年代のオイルショック以降営々と取り組んできた省エネの努力を軽んじてきたということではないか、という反論を惹起するのも無理はないように思う。同様に、他の国にもそれぞれ事情があるはずであり、それらを軽視した議論をしても、実のある改善は難しいであろう。
中には地球温暖化そのものを否定する人もいるだろう。しかし少なくとも日本においてはどこかの国のように国のリーダーが正面からそういう主張をしている国ではないし、仮にそういう主張をする人がいても、そうした暴論は無視してよい。とはいえ、自分たちの置かれた環境やこれまでの努力を過小評価する人たちへの反発で気候変動対策自体に遅れが出るようなことがあれば、それはよろしくない。それぞれの国がその実情に応じて行っている取り組みを事情を知らない人たちが上から目線で批判するのは悪手というほかない。
もちろん、それぞれの国の事情を考えよという立場からすれば、現在西欧諸国が陥っている苦境をも理解すべきである。「ざまぁ」論が彼らが直面している問題を過小評価するようなものであれば、容認できない。重要なのは、異なる環境にある人々が直面する状況を理解したうえで、現実的な気候変動対策をとるべく議論し行動していくことであろう。地球温暖化で人が死ぬこともあるだろうが、夏の猛暑でも経済発展の遅れでも人は死ぬのである。その意味では、西欧諸国において、夏暑くなる地域での冷房の重要性に対する認識が進んだことで、これまでより現実的な気候変動対策を議論できる状況が整いつつあるともいえるのではないだろうか。
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