「自分らしい」の罠

「自分らしく生きる」ことは幸せだが、それにこだわりすぎれば「自分」への執着になりがちである。「自分らしさ」にこだわって自分の可能性を閉ざしてしまうことなく、「自分らしくないから、ちょっとやってみよう」を取り入れることで、より豊かに生きることができるのではないか、という話。
山口 浩 2026.09.22
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「自分らしい」ということばをよく目にする。「他人の目を気にせず、自分らしく」「自分らしい働き方を」「自分らしい人生を」。学校教育から就職、転職、結婚、ファッションに至るまで、「自分らしさ」は何かと大切にされる。基本的にいい意味で使われることばであって、ネガティブな意味で使われるのをほとんど見たことがない。

もちろん、言いたいことはよくわかる。他人の期待に振り回され、自分の気持ちを押し殺して生きるのはつらい。心理学でも、自分自身に「本当の自分らしさ」を感じる主観的な感覚を意味する「本来感(sense of authenticity)」は研究対象となっており、日本の研究でも心理的well-beingとの関連が示されている [1]。「自分らしく生きる」こと自体が悪いわけではない。

ただ、ときどき気になることがある。私たちが「自分らしさ」と呼んでいるもののかなりの部分は、単に「自分の好み」なのではないか。

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