男が家に入るとなぜ「進歩的」なのか――トロフィー・ハズバンドという鏡
最近ふとしたきっかけで、「トロフィー・ハズバンド」(trophy husband)ということばがあることを知った。「トロフィー・ワイフ」(trophy wife)を男女ひっくり返したようにみえることばだ。一般にトロフィー・ワイフは、社会的に成功した男性が結婚した若く美しい女性、とくにその妻の存在そのものが男性の成功や地位を示す「トロフィー」のようになっている場合に、揶揄を込めてこう呼ぶ。ならばトロフィー・ハズバンドとはその男女逆転版、つまり成功した女性が若く美しい男性を夫にして、その夫を自らの成功の証として連れ歩くことなのかと思いきや、話はそんなに単純ではなかった。
トロフィー・ワイフという表現を広く知らしめたものの1つが、米国の経済誌『Fortune』が1989年に掲載した記事だった。同誌が後に振り返っているところによれば、そこでいうトロフィー・ワイフとは、有力な男性経営者などが結婚する若く美しい二人目、あるいは三人目の妻のことであった [1]。男性は富、権力、社会的地位を持ち、女性は若さや美貌を持つ。いわば双方が異なる資源を持ち寄る交換関係として結婚を理解するイメージである。もっとも、こうした「地位の高い男性が美しい女性を獲得する」というステレオタイプが現実の結婚をどの程度正確に表しているかは別問題である。配偶者選択の研究では、社会経済的地位の高い人は同じく地位の高い人と、魅力的な人は同程度に魅力的な人と結びつきやすいという同類婚(assortative mating)の影響も大きく、単純な「男の地位と女の美貌の交換」だけで現実の結婚を説明することはできない [2]。それでも「トロフィー・ワイフ」ということばが広く通用してきたこと自体は、この組み合わせについて社会が共有するイメージが存在してきたことを示している。
ところが『Fortune』は2002年、“Trophy Husbands”という記事を掲載する [3]。ここで登場する「トロフィー・ハズバンド」は、成功した女性が連れて歩く若く美しい男性ではなかった。妻が企業社会で活躍する一方、自分は仕事を辞めたり、早期退職したり、パートタイムに移ったりして、育児、料理、送迎、家計管理などを引き受ける男性たちだったのである。記事は「偉大な男性の背後には偉大な女性がいる」という古い決まり文句を反転させ、偉大な働く女性の背後には家庭を守る偉大な男性がいる、と彼らを称賛した。『Fortune』自身も2015年の回顧記事で、2002年のtrophy husbandという表現は “ironic wordplay”、つまり意図的な言葉遊びだったと説明している [1] [3]。